ミンティアバクダン
学園小説11話、その後の話。
「あーカシウス寝てる〜」
「しーっ!起きちゃうだろ」
「何よ〜。大丈夫よ」
自分の座席の背もたれに腕をのせて後ろを見渡していたイサベルがわざとらしく頬を膨らまして言った。郊外学習ということで野外炊事やらレクリエーションと称した宝探しをやらされ、丸一日動き回っていた生徒達が皆ぐったりしている中、イサベルだけがいつも通りのテンションを保っていた。隣のエレーヌも眠ってしまったらしく、後ろにいるブルータスを話し相手に選んだらしい。
バスの中は行きとは打って変わって静かなもので、カシウスだけでなく、クラスの生徒の半数以上は眠っている。高速道路を走るバスは一定の速度を保っており、その緩やかな振動も手伝って、窓の外の暗闇と対照的な車内の真っ白い蛍光灯も眠りの妨げにはならないようだった。眠っていないものでも友達と喋る元気はないようで、ぼんやりと窓の外を眺めたりしていた。
「ね、カシウスかわいいねぇ。ちょっかい出したくなっちゃう」
「だめ!起こしたらかわいそうだろ。てかお前疲れてないの?元気だな」
「なんか皆が疲れてると逆にテンション上がっちゃうのよね。夜中にはしゃぎたくなる気分みたいな」
「あ〜いるいる。そういうやつ」
バカにするような口調のブルータスに、イサベルは顔をしかめて反論しかけたが、その表情はすぐに笑顔に変わった。
「やだーかわいい!写真撮っちゃお♪」
高速道路を抜けたバスが大きく曲がるのに合わせてカシウスの頭がブルータスの肩に乗せられる。カシウスは起きる様子も見せず、バスが再び直進しだしてもそのままだった。カシウスはいつも他人と一線を置いて接する節がある。その彼がこんなに無防備なのは珍しかった。
イサベルはバッグからデジカメを取り出してブルータスにもたれかかるカシウスに焦点を合わせる。
「バカ、やめろって!…………フラッシュたくなよ」
ブルータスが嗜めるのも大して気にせず、はいはい、と軽く返事をしてイサベルはデジカメの画面を見つめてシャッターを切った。
満足そうに笑みを作り、撮れた写真の映像をブルータスに見せると、彼も満更でもなさそうに二、三度頷いた。そんなブルータスを興味津々の二つの瞳がのぞきこむ。
「なんだよ?」
「……ポルキア、振っちゃったんだって?」
そのことか、と気まずそうに一瞬窓の外に視線を逸らすと、ブルータスは小さく唸って頭を掻いた。
「マジなんだ!超びっくり!なんでぇ?絶対うまくいくと思ったよ」
「いろいろあるんだよっ。この話はいいの!」
「なんでよ、気になる!いいじゃん、皆寝てるし、二人だけの秘密ってことでさ」
「うるせぇな〜また今度な」
「あ、絶対嘘!逃げるつもりでしょ〜!言いなさいよっ」
「……俺も気になるッスね〜」
「うわ!」
通路を挟んでカシウスの隣に座っていた聞き耳が、にやにやと笑いながらつけていたイヤホンを外す。どうやら寝ていたわけではないらしい。
「なんだよてめ、起きてたのかよ」
「すいませんねぇ。で、どうなんスか、ブルータス」
「あぁ、もうお前らはー!」
ブルータスが苛立ちを隠さずに声をあげるとカシウスの頭が微かに動いた。ブルータスの肩にかかっていた重みがふわりと消える。
「ん……」
「あ、ごめん……起こしちまった」
「うん……あれ、寝てた?」
ぼんやりと数回瞬きをしてカシウスはゴシゴシと目を擦った。眠気はまだ消えないようで、小さく欠伸を噛み殺すようなしぐさをして、再び目を擦る。
「ミンティア食べるッスか?」
聞き耳がポケットを探る。いつも常備しているのか薄い容器に入れられたタブレットを取り出す。
カシウスは緩慢に頷き、少しだけ口を開けた。聞き耳が一粒つまんで差し出すとカシウスはそっと顔を近づけて聞き耳の指ごとついばむようにタブレットを舌に乗せた。指に触れた感触に、聞き耳の目が一瞬大きく見開かれる。だが驚いたのは何も彼だけではない。
「ッッ!!!」
「あ……辛い。……目、覚めたかも」
まだ半開きの目で、いつもの聞こえるか聞こえないかの小さな声でそう言うカシウスの横で、ブルータスが石になって固まっていた。
まずったな、と聞き耳が目を逸らし、やや間を置いて再びブルータスの姿を見たときには彼はものすごい形相で聞き耳を睨み付けていた。
「お……俺、悪くないッスよ……」
「え?どうしたのぉ?」
ブルータスの気持ちを露ほどにも知らないイサベルは不思議そうな顔して二人を見比べる。
なぜだか焦っている聞き耳と、なぜだか異様に怒っているらしいブルータス。そしてミンティアを口の中で転がしながら辛いのか目をぎゅっと瞑っていてほかの二人の様子には微塵にも気付いていないらしいカシウス。
「え?どういう空気?もしかして私、空気読めてない?」
「……なんでもねーよっ!イサベル、あとでちょっとこい」
「え?えぇ?何でぇ?」
(あーあ……)
聞き耳のカシウスへの気持ちは知らないはずなのに、あれ以来自分達の仲が公認だと思っているのか、全くやきもちを隠そうとしないブルータスを厄介に思いつつ、しばらくは手を洗えないな、なんて考えてため息を一つ。思わず口の端があがってしまったらしい自分の姿が反対側の窓に映っているのを見て、聞き耳はまた別の種類のため息を吐くのだった。
「ねぇねぇ、何なの?」
全くわけがわからない、と首をかしげながら問いかけたイサベルをブルータスがキッと見据える。その鋭い視線に短く悲鳴を上げて思わず一歩下がったイサベルにブルータスが更に一歩近づく。
「な、何よ」
「お前、あれさ、あれ……焼き増しとけよ」
「はぁ?」
「あれだよ、あれ!カシウスの!」
「え?あ、あぁ。いいわよ」
どうやら先ほど撮ったカシウスの寝顔の写真のことらしい。でもなんでまた、と口を開きかけたが、ブルータスの有無を言わさない眼光にその言葉は押しとどめられた。
「あと!あれ、他の奴に見せるなよ!いいな!」
「わ、わかったわよ……」
絶対だぞ、と念押しして去って行くブルータスの後姿を見つめて、ありゃポルキアでも無理だわ、とイサベルは心の中で呆れの混じった嘆息をもらすのだった。